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生マグロはなぜ美味しいの?

2023/07/03
#トピックス

スーパーマーケットでマグロのお刺し身を買うときや、お店でマグロを食べるとき、パッケージやメニューに「解凍」や「生」と書かれているのを見たことはあるだろうか?

現在日本で流通するマグロは大きく二種類に分けられる。「生マグロ(生鮮マグロ)」と「冷凍マグロ」である。ここで生マグロというときの「生」とは、加熱していないという意味ではなく、一度も冷凍させていないものが生マグロと呼ばれている。

現在日本で流通するマグロのうち、冷凍マグロは生鮮マグロの約4倍である(2022年、農林水産省水産物流調査)。スーパーなどで見かけるマグロの刺し身などを見てみても、私たちの身の回りにあるマグロはやはり冷凍が多いはずだ。

冷凍マグロが私たちに馴染み深いものであるのに対し、生マグロというと少し高級な印象がある。


超冷凍技術の申し子――冷凍マグロと刺し身

このような状況が生まれたのは、戦後の目覚ましい冷凍技術の発展によるものだ。日本では江戸時代の頃から庶民の間でもマグロが食べられるようになったが、この頃のマグロは主にそれほど陸地から離れていない沿岸部で漁獲されていた。

明治維新以後、マグロ漁の現場は沿岸から沖合へ、そして遠洋へと広がっていく。マグロの遠洋漁業が始まったのである。洋上で長い時間を過ごす遠洋漁業では、マグロを冷蔵保管することはできない。そこでマグロは冷凍して利用されたが、どうしても品質が落ちてしまうことから、当初は缶詰等の材料として用いられていた。

ところが戦後1960年代に入ると「超低温冷凍技術」が発展し、それまではマイナス20度程度での冷凍しかできなかったところから、マイナス35度以下(現在ではマイナス50-60度での冷凍が行われている)での冷凍が可能になった。

マイナス35度以下で冷凍することのもたらした大きな利点は、品質劣化の原因となってきた「メト化」(マグロ肉中のミオグロビンが酸素と反応して肉色が褐色から黒褐色に変化する現象)を抑制し、品質を比較的高く保つことができるということであった。

このような変化を受け、日本では一気に刺身用の冷凍マグロが普及し始めた。生食用のマグロはスーパーマケット等で安価に購入する事が可能になり、マグロはますます日本の家庭の中に浸透していった。私たちがいま気軽にマグロを食べることができるのは、その恩恵に預かっているからである。

超低温冷凍技術の登場は、生食用マグロを特別なものではないものにしたと同時に「生」マグロが特別視される現在の状況を生み出している。生マグロは一般に、冷凍に比べ価格も高く、冷凍よりも生のほうが美味しいというのが一般的な感覚だろう。では実際のところ、何が違うのだろうか。

旨味の流出?

冷凍マグロが生マグロに比べて味が落ちる理由として良く指摘されるのが、冷凍による細胞の破壊だ。

マグロに限らず、生物の細胞はほとんどが水分でできている。そのため冷凍すると細胞内の水分が氷となる。そしてその氷が細胞を中から傷つけ、細胞が破壊されてしまう。マグロを冷凍したときに流れ出る赤い液体(ドリップ)はこうした細胞の破壊によるもので、そこに詰まった旨味が流出してしまうというわけである。

とはいえ、こうした冷凍による品質の劣化は、近年進展している「急速冷凍」の技術によってかなり改善されつつある。細胞内の氷はマイナス0.5度からマイナス5度の間ではどんどん大きくなるが、急速に50度以下まで冷凍させることで、氷の粒を小さく細かくすることができ、細胞の破壊を減らすことができるという。

また、適切な解凍を行うことで、できるだけマグロの身に負担をかけず、ドリップを少なくすることもできる。職人たちの間だけ共有されてきたこうした方法も、今ではインターネット上や動画など、いろんなところで紹介されている。現在はもう冷凍マグロといえば美味しくない、という時代ではなくなってきているのである。

熟成? 新鮮? 

旨味といえば、最近のトレンドは近年魚や肉の「熟成」である。いまや、回転寿司チェーンでも「熟成」の名前を冠した寿司が多く出回っているほどだ。魚や肉の鮮度を保つ技術が高まってきたことで、熟成された旨味を味わうことに注目が集まりつつあると言って良いだろう。

熟成は、タンパク質の中に含まれる「ATP」という物質が、時間をかけて旨味成分であるイノシン酸へと変化することによって生じる。冷凍マグロは急速冷凍によってこの熟成のプロセスを止めており、解凍と同時に熟成が進む。そのため熟成のタイミングをコントロールしやすく、旨味を引き出しやすいという。こうしてみれば、やはり冷凍マグロはそのポテンシャルにおいて、決して生マグロに劣るものではない。

とはいえ、マグロの美味しさは決して旨味だけで決まるわけではない。生マグロ特有のもちもちとした食感は、やはりその鮮度の高さやに由来するものだ。歯ごたえのある身とその奥に感じられる旨味のコラボレーションは、冷凍マグロにはない生マグロの美味しさを際立たせている。

単純な比較はできない

ここまで、生マグロと冷凍マグロの違いを簡単にみてきた。しかし当然のことだが、単純な比較はできない。いつにどこで獲れた、どのような種類の、どの部位なのか。誰がどのように処理しているのか。そして、もちろんどんなふうに食べるのかなどによって、美味しさは大きく変化する。

とはいえ、冷凍マグロが多く流通している現在の日本では、生マグロのもちもちとした食感や旨味は、むしろ新鮮で驚きに満ちたものであるはずだ。その食べ心地は、普段口にするマグロとはまるで別物である。ぜひ身近な生マグロの産地などを訪れて、その味の広がりと深さを確かめてほしい。

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